みなさん、こんにちは。
今日も英語の勉強お疲れさまです☆彡
イギリス英語を話せるようになりたいあなたへ。
当ブログでは英語圏に24年在住している著者が、これまでにしてきた英語学習をもとに、みなさまの英語学習に役立つようなリアルな情報をお届けしています。
英語学習に役立つ情報や、私がイギリスでよく耳にする日常英会話のフレーズ集の他に、不定期に英語エッセイも掲載しています。
*
さて、今回の投稿は、私のハワイ留学体験を通して気づいたことや感想を、当時の書記を元に高校生の私の視点で書いています。
当ブログはイギリス英語が話せるようになりたいかた向けに書いていますが、英語圏へ海外留学しての気づきや学びなど、国問わずに共通していることがあると思うのです。
留学に興味のあるかたや、お子さんを留学させたいと考えているかた、国際交流に興味のあるかたへも楽しんでいただける内容だと思います。
興味のあるかたは、是非読み進めていってください。
当時の私の英語力
当時の私の英語力は、中学英語の基礎がしっかりと身についていて、それまでに習っていた高校英語も全て理解していました。
高校英語の文法が高度なものになっていくのに対し、いつまで経っても英語を話せるようになれないことをもどかしく思い、英会話スクールに1年ほど通っていました。
そして簡単な英会話ができる程度の英語力がありました。
ヒアリング力がどんどん伸びていた時期で、簡単な英語を話せました。
英検だと当時2級を持っていたと思います。
ハワイの高校の2週間交換留学プログラムのことを知ったときには、すぐに飛びつきました。
ホームステイ先のハワイ州オアフ島ライエ
私がホームステイした滞在先は、オアフ島の東海岸沿い北にあるライエという小さな町でした。
「ポリネシア文化センター」や「モルモン教寺院」があるところとしても有名です。
賑やかな州都のホノルルに比べると、静かでのんびりとした雰囲気の場所だったと記憶しています。
私のホストファミリーはサモア系アメリカ人だったんですが、サモアでは男の人が料理をするのが当たり前らしく、お父さんがキッチンに立ってご飯を作ってくれました。
正直、どんな料理を作ってくれたのかは全く憶えていないんですが、サモア料理を作ってくれたんだと思います。
サモアの名前だと思いますが、ホストファミリーの名字が「マタギ」で、日本人の名字みたいだとよく言われるとお兄さんが言っていました。
ライエにある「モルモン教寺院」は、アメリカ本土外に初めて建てられた寺院らしく、世界中からたくさんの信者や観光客が訪れるとのこと。
私がハワイに行った当時はまだインターネットが普及していなくて、予備知識ゼロで行ったので、初めて見たときには「この白い巨大な建物は何なんだろう??」と不思議に思いました。
滞在先のホストファミリーの家から簡単に歩いて行ける距離にありました。
大きな「モルモン教寺院」を構えているだけあって、私のホストファミリーを含め、この町のほとんどの人がモルモン教信者でした。
ステイ先の近所に日本人女性が住んでいて、ホストシスターとその日本人女性と一緒に寺院のビジターセンターに行ったこともありました。
案内をしてくれた人が、モルモン教についてのビデオを見せてくれたんですが、当時日本で活躍されていたアメリカ人タレント2人が映っていて「この2人もモルモン教徒だったんだー」と思ったのが印象に残っています。
モルモン教徒の高校生の朝は早い
モルモン教徒の高校生の1日は、教会に行くことからはじまります。
学校の教室みたいな場所で、同年代の高校生たちとモルモン教の教えなどについて学ぶ場が設けられていて、私のホストシスターも毎朝学校に行く前に必ず出席していました。
その授業が毎朝6時半スタートだったので、それに間に合わせて毎朝5時半起きでした。
だいたい15人くらいのグループだったと思います。
参加していた高校生たちは全員がライエ在住で、ホストシスターが通っていた「カフク高校」の生徒でした。
私が通ったカフク高校
カフク高校は、ライエから北にあるカフクという町にあり、ハワイ滞在期間の2週間、ハワイ島へ行った2日間を除いて毎日通いました。
朝のモルモン教の授業が終わると、ホストシスターの友達が運転する車で一緒に学校に行きました。
その車を運転していた友達は15歳か16歳。
私から見るとまだ幼いのに、車を運転しているのが不思議な感じがしました。
アメリカ本土でもそうかもしれませんが、ハワイの高校生は車で通学する人がたくさんいました。
ライエからカメハメハ・ハイウェイを北上するとあるカフク高校。
ハワイ王国を建国したカメハメハ大王にちなんでつけられた道路の標識を見たときには、「カメハメハ大王って本当にいたんだ」と感激したのを憶えています。
学校内は日本の学校とは違って広々としていて、緑が多かったです。
「この学校の図書館の図書館員は、キアヌ・リーヴスの叔母さん」
と誰かが言っているのを聞いたけど、図書館に行く機会は一度も訪れないまま2週間が過ぎてしまい、タイミングを逃してしまいました。
授業スタイル
まず学校がはじまる時間が朝8時と、日本より早めでした。
授業は好きなものを選んで自分で時間割が作れるので、みんな活き活きとして授業を受けていました。
授業を受けてみてまずはじめに感じたことは、先生と生徒の仲がいいということ。
先生と生徒みんなが楽しそうでした。
自分の選んだ教科だから生徒もやる気があるし、先生もそれに答えるかのように授業のしかたを工夫しているようでした。
Biologyの先生は、たまに口にガムテープを貼って無言の授業をするそうで、私も1回この先生の無言の授業を受けました。
先生が黒板に問題を書くと、生徒がそれぞれのホワイトボード(A4サイズ)に答えを書いて、できた人は手を上げて、先生に当てられたら答えを見せるというやり方です。
小学校みたいで楽しかったです。
これまで私が日本で受けた授業では、先生が黒板に書いたものをノートに書き写して、先生が1人で授業を進めていくというやり方が多かったのに対し、ハワイの学校ではあまりノートに字を書くということをせず、先生と生徒が楽しそうにやりとりをしているようでした。
先生が説明をして質問をすると、生徒それぞれが思っていることを言い合って、わからないことがあったらすぐ聞いたりと、クラスが活気づいていました。
ハワイ島ヒロ市の高校にて
留学中に、ハワイ島ヒロ市の高校を訪れる機会がありました。
具体的にいうと、その高校の日本語クラスを見学しに行ったのです。
アメリカ人の日本語の先生が日本語を上手に話していたのが印象的でした。
日本語クラスの生徒全員には日本名が与えられていて、胸に日本名が書かれた名札をつけていました。
教室の壁にはお相撲さんのポスターや五十音表などが貼られていて、いくつもの万国旗サイズの旗に漢字が書かれてあるものなどが飾られていたりと、日本のもので溢れていました。
それを見た私は、なんだか不思議な気持ちになりました。
そのとき、私たちが学校で英語を習っているところを見ている英語圏の人の気持ちがわかりました。
日本語クラスなので、もちろん日本に興味のある人たちばかり。
日本人の私たちを見て、私たちが日本語で話しているのをとてもうらましそうに、目を輝かせて見ていました。
授業が終わって何人かに5円玉をあげると、みんなとても喜んでくれました。
次の日、そのうちの1人が私のところに来て「見て!昨日君からもらった5円玉に糸を通したんだ。首にかけておまもりにしているよ。」と大切そうに見せてくれました。
とてもうれしく思いました。
そのあと日本語のクラスを取っている人と仲良くなってしばらく話したんですが、日本語を勉強してまだ2,3年しか経っていないというのに、片言の日本語を話せることにびっくりしました。
ここでは、会話中心の授業をしているんだなと思いました。
もちろん文法も勉強していたけど、文法と会話をバランスよく勉強しているようでした。
それに比べて日本の英語教育は、文法、文法って、文法はとても難しいものを勉強し過ぎ。だから英語嫌いな人が多いんだと思いました。
学校では難度な文法を勉強しているのに、ヒアリングや英会話ができない人が多いし、これでは英語を勉強している意味がないと、当時高校生だった私は改めて強く実感しました。
ハワイの高校生
ハワイの高校は朝8時にはじまり2時ごろには終わるので、自由な時間が多いと感じました。
学校が終わると友達と遊んだり好きなことができる時間がたっぷりあるので、いいなぁと思いました。
だから学校生活に疲れることなく、充実した毎日を過ごせているのだと。
ハワイの学校に通ってみて、自由ではあるけれどみんな勉強するときにはちゃんとやるというけじめがついていると感じました。
そのかわり、遊ぶときは思いっきり派手に遊んでいました。
学生らしく、学業とプライベートを充実させた生活を送れているみんながうらやましかったです。
私がカフク高校に通っている間も、学校から帰ってきたあとホストシスターと友達数人で近所のビーチに行ったり、友達の家に遊びに行ったり、近所の大学のキャンパス内にあったキャンティーンでピザを食べたり、アイスクリームを食べたりと、楽しいプライベートの時間を過ごしました。
アメリカンサイズのピザやアイスクリームの大きさに圧倒されて、笑い転げたこともありました。
ちなみに近所の大学とは、BYUという名前の大学。
ちゃんとした正式名は憶えていなかったのでググってみたんですが「ブリガム・ヤング大学ハワイ校」という名前とのこと。
滞在中の夜、このBYUのキャンパスに何度か遊びに行ったんですが、ある夜ホストシスターと友達数人で行ったときのことが強く印象に残っています。
キャンパス内の一角でホストシスターの同級生たちがたくさん集まって、ダンスの練習をしていたんです。
誰が振り付けを考えたのかわからないんですが、そこにいるみんな全員が同じ動きで踊っていました。
ちなみに、そのときに流れていた曲は、ボブ・マーリーの「One Love」。
「One Love」に合わせてハワイの高校生たちとみんなで踊った夜のことは、私の短いハワイ留学生活の中でもハイライトのひとつ。
今でもラジオやテレビで「One Love」が流れてくると胸が高鳴り、気持ちは一気にハワイで過ごした高校生の私に戻ります。
とにかくハワイでの2週間は、何もかもが新鮮でとても楽しかったです。
とてもいい経験をしました。
最後に
私がハワイの高校へ2週間通った体験談、いかがだったでしょうか。
今回このことについて書こうと思ったのは、高校生だった私が当時通っていた英語学校の先生宛にアメリカの大学に行きたい理由について書き綴った手紙を見つけたからです。
その中にハワイの高校に通ったときに感じたことや思ったことなどを丸1ページ分書き綴っていたので、その内容を元に今回の記事を書くことを思いつきました。
数か月前に見つけたんですが、是非今日この記事をアップしたいと思いました。
というのも、今日3月19日は、私がハワイの交換留学から帰国した日だからです。
しかも今年でちょうど30年になります。
高校生という多感な時期に同じ年代のアメリカ人と交流できたことは、私の人生を大きく変えた出来事でもありました。
当時の私はイギリスに憧れていて、将来はイギリスに住むと決めてはいたんですが、このハワイでの高校に通った経験から、アメリカの大学に行きたいと思うようになったからです。
そしてハワイの高校に通った約5年後に、アメリカの短大に入学しました。
以上、私のハワイの高校での短期交換留学記でした。
最後までお読みいただきありがとうございました☆彡
コメント